和多田アヤ

「あれは娘が四歳くらいのときであったか、私の友人の顔をデッサンして何とオドロイタ事に額に十字架をつけたのである。友人は自身がクリスチアンであることを誰にも黙して居たので大変オドロイタノカ感に耐えたかわからぬが泣き出してしまった。娘もオドロイタらしいが堂やらそれから肖像に関心を持ち始めたのではないかと考えて居る。」(個展 “So Far So Good”序文より 和多田寛氏筆 2018年)
子どもは皆まわりの大人の顔を描くものだが、この経験には幼い和多田アヤにとって中々のインパクトがあったに違いない。一人っ子の和多田は部屋の片隅でひたすら絵を描いているばかりの子どもだったという。「お絵描き」の個人教授が近所に住んでいた写真家の安斎重男氏であったことも、将来選ぶことになる道に影響があったかもしれない。

 

小学校入学直後に父親の転勤でタイ·バンコクに移り10歳まで暮らす。タイ国内·ミャンマー·ラオス·香港などを旅する時にはカメラを片手に「取材」し旅行記にまとめた。

 

タイより帰国後、80年代後半から90年代の熱い東京文化を背景に思春期を過ごす。新潮社のカルチャー誌「03」を愛読し、クラブに通い、父親の書棚で見つけたヘルムート·ニュートンや荒木経惟をきっかけに写真表現に興味を持った。

 

1992年慶應義塾大学文学部に入学。同時に慶應カメラクラブに入部。時はガーリーフォト最盛期だったが憧れはPROVOKE時代の森山大道。ダイアン·アーバスもアイコンで伝記を繰り返し読んだ。知人のマダムが離婚した際に夫が置いていったというContax RTSを譲り受け、高感度モノクロフィルムを詰め、歩きに歩き撮りに撮った。
「このモノクロ写真は他のと違う。トーンは暗いが写真の才能がある。バラエティーがある。広がりっていうか、可能性がある。死の匂いがあるね。よくは写ってないけど、何かが写ってる。この世と思ってないんだよ。冥土の花園にいるとか。」(キャノン写真新世紀応募作品「ノクターン」 荒木経惟氏評 1997年)

 

1999年江副記念リクルート財団の奨学生としてフランス·アルルの国立写真学校に留学。ビジュアルアートを分析的にアプローチする文化圏の洗礼を受ける。一年間のプログラム修了後はパリに移りフランス語と美術史·芸術学の勉強を続けたが、母親が末期癌で余命6カ月との知らせを受け、東京に戻った。

 

母親を喪った2001年より数年間は暗く辛いものとなった。心身を病み、写真を諦めた。
母が亡くなるとアヤさんは精神的なショックから重度のアトピー性皮膚炎を発症。身体中が腫れ高熱を出して寝込みます。鬱病にもなりました。母が自分にとってどれほど大きな存在だったのか、思い知ったのです。」(文化放送「大竹まことゴールデンラジオ-いちまいの写真-より 2016年)

 

2008年和多田は起死回生のアクションを起こす。「人間を撮りたい。」百貨店の写真室のアルバイトで、証明写真を撮る日々が始まった。15分間。単一のフォーマット。限られた中でいかに被写体を輝かせることができるか。やり甲斐を見出し夢中になったが、転機はまたすぐに訪れた。2009年小林政広監督作品「春との旅」のスチールフォトグラファーとして起用されたことを機にフリーランスに。ドイツ·ベルリンに拠点を移し自身の求めるポートレートのスタイルを模索した。

 

2012年帰国。再び写真館業界へ。職を得たのはデジタルのみで業界に新規参入した、顧客がカジュアルに来店できる新しい業態のスタジオだった。50分の撮影時間で100カット即納品というポートレート版100本ノックを時には1日に6セットこなすこともあった。

 

2015年東京·代々木に自身のスタジオWhatever Works Studioを構える。次いで2016年には株式会社ぽるとれを設立。”100本ノック”の経営者の事業撤退を受け、マタニティ·キッズ·ファミリー向けの”Happy Birth Photo Studio”と女性メモリアルヌードフォト”studio IVY”を引き継ぐことになる。

 

日々スタジオに訪れる顧客の撮影と会社経営の傍ら、2017年にはロンドン発ファッションフォトグラフィー教育プログラム”Mastered HQ”に参加。東京·ニューヨーク·モントリオールでのコラボレーションを通して国際的なクリエーターズネットワークを広めた。英語·フランス語の語学スキルと、1600件を超える撮影で培ってきたコミュニケーション能力を遺憾なく発揮。プロフェッショナルとしての自信を得る。

 

和多田は言う。「『いい』ポートレートはその人の人生にとって『いい』作用があるんです。」歴史であり道しるべであり、いまここに生きる生の肯定である、と。
ポートレートのほか、ファッション、イベントやパーティ、音楽ライブやダンスパフォーマンスなど、人びとがその人びとらしく才能を輝かせ生をエンジョイする刹那を捉えることを得意とする。旬の感覚と普遍性をあわせ持つスタイルはジャンルの関心や世代を問わず撮られる人·観る人の心を掴む。

 

「『写真を撮られると魂が抜かれる。』昔の人が残した言葉だ。 和多田さんは、魂の抜き方が凄く巧い。 まるで、腕のいい医者に手術してもらったかのようだ。 弱っている部分を正常に戻し、輝く個性として引き出してくれる。 最後は浄化された魂が帰ってきて、自分に自信が満ちていくのを感じた。 和多田さんは、魂の戻し方も凄く巧い。」(JAM HOME MADEディレクター増井元紀氏筆 2018年)

Aya Watada first picked up the camera at the age of two, beginning her journey of expression through visual art and story telling. Through the study of art history, aesthetics and photography, she developed a strong understanding of what was possible with the camera. Aya’s photography embodies the direct, straightforward, focus of portraiture, combined with touches of fetish, humor, beauty, darkness, innocence and deviance that she pulls from just below the surface of her subjects. Having taken hundreds of portraits throughout her career, as well as running her own photography studio, she has shot a wide range of people—pregnant women, families, executives, artists and renowned celebrities. Her ability to communicate in English, French and Japanese has given her the opportunity to work globally with a wide range of models and collaborators. Through these experiences, Aya brings a unique depth of social and situational empathy to each shoot and every project.

 

 

Clients:

Akeef
HP France
INFAS Publications
KADOKAWA
Girlin’
Ginza NATSUNO
KODANSHA
Sivans
Serene, LTD. (Hooponopono Asia Group)
Sony Music Entertainment
Chill Production
Tsukikageya
T-Joy
TOEI COMPANY, LTD.
BiKuu Project
HIBARI Production
Fuji Television Network, Inc.
MAGAZINE HOUSE, LTD.
Media Factory (KADOKAWA Group)
Lazy Susan

Aya Watada s’est emparée pour la première fois d’un appareil photo à l’âge de 2 ans, marquant ainsi le prélude de son voyage créatif au travers des arts visuels et de la narration. Son étude de l’histoire de l’art, de l’esthétique et de la photographie lui ont permis de développer une compréhension approfondie des multiples possibilitées que lui offrait son appareil.

La photographie d’Aya incarne la simplicité sans détour du portrait, allié à des touches de fétiche, d’humour, de beauté et d’innocence, mais également d’obscurité et de déviance qu’elle parvient à extraire habilement de ses sujets.
Notamment à la tête de son propre studio photo et forte de centaines de portraits pris tout au long de sa carrière, Aya a pu capturer ainsi un large panel d’individus tels qu’entre autre: des femmes enceintes, des familles, des hommes d’affaires; tout aussi bien que des artistes et autres célébrités.
De plus, sa capacité à manipuler aisément l’anglais, le français ainsi que le japonais lui ont permis de travailler à l’échelle internationale en partenariat avec un très large nombre de créateurs et mannequins.

C’est au travers de ces diverses expériences qu’Aya a pu se doter d’un niveau de compassion unique tant sur le plan social que situationnel, qu’elle apporte à chacun des projets photographiques qu’elle entreprend.

 

 

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KADOKAWA
Girlin’
Ginza NATSUNO
KODANSHA
Sivans
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Tsukikageya
T-Joy
TOEI COMPANY, LTD.
BiKuu Project
HIBARI Production
Fuji Television Network, Inc.
MAGAZINE HOUSE, LTD.
Media Factory (KADOKAWA Group)
Lazy Susan